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終の棲家は決まったが、いつなのかは決まっていない。



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しなければいけないのですか?

平成20年3月彼岸にてこんな問いかけをされました。

年末に、お知らせをいただいた33回忌と27回忌の法要と重なっているのですが、どうなんでしょうか、年数が経ってやらなければいけないのでしょうかね?どうなのでしょうかね?

私は「する人はするし、しない人はしません。するしないは自分の中で決めるものです」と答えます。

自分の誕生日が毎年来るように、命日も毎年やってきます。自分の誕生日は自分で、あるいは家族や友人が数えて、お祝いをすることもあるでしょう。故人にとってはどうでしょうか、自分で数えられるでしょうか。自分で自分を偲ぶことができるでしょうか。

あとに残った人が数えてあげなければ、思い出さなければ、供えなければ、誰がするのでしょうか。忘れのも結構、だけど、どうせ忘れるなら、自分の誕生日や記念日も忘れてください。

回忌は、4年ごと、あるいは6年ごとに振り分けられています。みんなで、家族で、親しかった人が忍ぶことも、毎年ではないのです。

まして忍ぼうとする人は、何らかの関係、血筋において繋がっている人たちです。もしかして、その人がいなかったら私は誕生していなかったとしたら、あなたの生は勝手につかみ取った生なのでしょうか。

生まれてくる赤ちゃんにとっては、祖父母や父母を選ぶことはできませんし、祖父母や父母も、生まれてくる赤ちゃんを選ぶことはできないのです。それを必然というのか偶然というのか、できちゃったというのか、授かったというのか、それを考えるのは、人です。

お寺は、そう思う人が、祈りや忍ぶ場所として支えて作った場所でもあるのです。



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