古人は言います。仁義礼知信がもし賢者にだけあったら、愚者は恵まれずに、差別の道がまかり通ってしまうことになります。

従って、仁義礼知信は、本姓の問題であって、人の問題ではないと。

人の問題は、順と逆、賢と愚、肯と背くにあり、これを修めることこそ、人の上に立つ者が率先することです。

義に合わぬことをするは、性に背き、かなうことをするは性に順うこととなると言うわけです。

天は雨を降らすに、地をえり好みをしないように。

そして賢者が教えを垂れるとき、道が塵にあると塵が尊くなり、道が天下にあると天下が尊くなる。

道を性と言い換えるとわかるとおりです。 百年の歳月は、ただ一刹那にありか。

2008.01.14 Mon l l コメント (0) トラックバック (0) l top

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