長沙遊山

2008/03/23 17:34

 3月22日、桜の花が開花した便りが、電波に乗って伝わりました。桜の春意の便りです。この春意をあつかった禅の物語があります。長沙遊山という物語ですが、それに人の老いと桜を重ねてみました。  

中国の禅宗の和尚に、長沙(ちょうさ)という和尚がいました。のんびりとお寺に過ごしていました。ある日のことです。

 長沙はぶらりと外に出ました。この和尚の住む場所は、洞庭湖という景勝の地で、そぞろ歩きにはぴったりな場所です。自然のたたずまいが四季それぞれに美しい季節をめぐらして、散歩をうながしているともいえます。私が散歩するのか、四季や景色が散歩をうながすのか、一日中、歩いていたのでしょうか、のんびりしています。

 お寺に帰ってくると、その寺の執事が、「どこに行っていたのか、和尚さん、どうしたのですか」と問いかけられました。

 《 この問いは、和尚さんの心境を問いかけるものです。考え事をしていたか、むしゃくしゃしていたなどと答えたら大変です。おいそれと答えられる内容ではなく、長沙和尚の現在を現してなければいけないわけです。》

 すると長沙は、「遊山(ゆさん)しきたる」と、ぶらっと散歩してきたのですと言いました。

 《 遊山の遊という字を、大森曹玄老師は、「すべてを超越して、しかもすべてをあるがままに享受していく長沙の限りない心境」と碧巌録に記しています。私たちが普段使用する遊ぶとはかけ離れていることに気づきます。さらに、「縁に随って方曠(ほうこう)し、性にまかせて逍遙(しょうよう)す」とも記しています。柱も遊戲三昧、机も畳も遊戲三昧だと古人はいいます。

 ”芳”の字の、方は広がる意味をもちながら、艸編を持つことで、草が四方にひろがる意味をもちます。ここから、かんばしい、においがよい、評判がよい、ほまれとなって、すぐれた意味が付されます。

 禅宗からこの意を季節より見ると、春意となるのでしょうか。春意とは向上への意欲となります。心に、盛んなものをもっているといえばわかりやすいかもしれません。しかし、その盛んなものは考えてみると様々なものであると気がつきます。》

 執事は、すかさず「いずれのところにか到り来る」と、どこに行っていたのですかと質問いたしました。

 《 長沙の遊山に対して、何処か引っかけてやるのたくらみがあるのでしょうか、その遊山の中身を問います。もし目的を持って、どこどこに行ってきたなどと答えたら、遊山ではなくなってしまうでしょうし、痕跡をとどめてしまいます。》

 長沙は答えます。「始めは芳草(ほうそう)にしたがって去り、また落花をおうて回(かえ)る」

 《 寺を出ての散歩に、草の萌えいずるさまにまかせて往き、散る花びらのように、散歩から帰ってきたと、芳草と花びらを自己にたとえて、我が草か、草が我か、花が我か、我が花かと、対象を越える、今の心境を歌ったのです。

 もう一つ、人生を山にたとえて、幼少から若さの絶頂期を頂に、その頂から下りきったところを老いて歩むことにたとえても美しい情景になってきます。もちろん禅的に、頂は悟りきった世界です。》

 すると、執事は「おおいに春意に似たり」と揶揄(やゆ)いたしました。

 《 春意とは、冬から春に変わる陽気さというものでしょうか、寒さの中に春の陽気を含んで、小春日和の暖かさの中に寒さを含んでと、枯れたものを悟りに、陽気を衆生を済度しようとの意気込みにすると、これは、長沙を引っかける内容になるようです。引っかけですから、次の言葉に、長沙の禪機(ぜんき=働き)が現れます。》

 長沙は、「また秋露(しゅうろ)の芙傷f(ふきょ)に滴(したた)るに勝れり」と答えました。

 《 芙傷fとは、蓮の葉っぱです。蓮っ葉(ハスッパ)と言うように、季節が過ぎた蓮の葉は色が枯れてみすぼらしい形容です。秋露とは、熱く悟りを目指して進んだ者の、そのあつい悟り臭さもすっかりとれたさまのことです。そして、この滴(したた)るという言葉は、「秋になって、そのみすぼらしい蓮っ葉に朝づゆが乗ることです。このことよりはまだ良いだろうと、長沙は言います。》

 これは碧巌録36則、長沙遊山という公案ですが、この最期の結びにいたって、始めて、「始めは芳草(ほうそう)にしたがって去り、また落花をおうて回(かえ)る」という詩が生きてきます。  

 さて、長くなりました。芳という字は、どうしても、かんばしい、においがよい、評判がよい、ほまれとなって、すぐれた意味が付されます。 人生は優れっぱなしではバランスがとれなく、そのバランスをとるためには、どうしても、登りっぱなしの山を下りてこなければと考えます。

 そこで、考えたのが耆(き)という字でした。老いの日で成り立つこの耆は、ただの老いではないように思えます。辞書には、70歳以上の老人、到って年老いた、老境に到る、つよいなどの意味があります。

 また口偏に耆とかき嗜好という熟語がありまが、この嗜は、旨に口偏が付されるようです。

 しかし、耆にも、このむ、たしなむの意があることから、この耆という字は、老境に到ったことは到ったのでしょうが、好むや、たしなみを捨ててはいない老のような気がいたします。これも、到って好むから、たしなみなのか、老いて春意を捨てていないと解釈してみてみたのです。

 すると、桜の木が似合うように思えて、開花宣言はでたけれども、戸惑って咲く気配をうかがう桜の気持ちも、これも春意に思えて仕方ありません。ありのままに表現するという意味でもあります。

 なぜに桜の話をするのか。それは、老いた桜の木ほど、幹は荒々しく、根は強く張りだしてはいるものの、幼い若木に比することで、こうも老いを強く表現するものはないからでもあります。その姿を、人の老いと比べて、人もこう見えて欲しいとの願いからです。

 そしてその願いは、やがて、現実に人の老いて咲く花があるではないかと、ひたすら求めて、曲がった脚や腰に、白髪や顔のしわに、皮膚に、花が咲いているではないかと、もっともっと、老いの花を探さなければ、息子や娘、孫たちに見つめてもらいたい気持ちからです。

 めぐり到っての老いに、老いさらばえて咲く人を圧巻する桜の見事さは、咲き誇った今が盛りの姿ですが、未だ枯木の身に、咲かせようとする老いた桜も、話しかければ答えるように、昔の記憶が今よみがえるかのように、枝につぼみをふくらませます。

 しかも、老いた桜ほど木々の一杯につぼみを持つのです。咲かせてあげるのは、娘の心か、そんなことが、繰り広げられていたのか、桜の木のように春、花を咲かす意を持っています。

 しかし、そんな母・娘の間に、夫として父親としてたたずんで、見つめる以外に方策を持たない男は哀しいものです。でも、その哀しい男自身を、じっと内に秘めることで、夫や父親としての姿勢を保つことができるのでしょうか。

 それは、自分を維持することの困難さの予感でしょうか。それほどの思いを持つ夫であり父親でありたいと思う。

これも立派に咲かせる花びらです。目には見えない花を咲かして、流れない涙が浮かびます。これも老いた桜の枯木に、いくつかの花を開花した姿です。

 長沙は、「また秋露(しゅうろ)の芙傷f(ふきょ)に滴(したた)るに勝れり」と、色気のないよりはましだろうと、これこそが、長沙の春意ではないかと思います。

 芳という字は、向上いっぺんの字ではなく、老いての芳は、老いも忘れて、女性は女性の、男性は男性の花を咲かす。その咲かした花は、見つけようとしなければ見えない、それも春意だと解釈してみてみたのです。

 長沙のいう色気のないよりはましだろうは、気負いがありますが、気負いなどいらないほどに、老いには、自然に耆という字に、このむ、たしなむが添えられているように、桜の開花は、老いのたしなみであると思います。

 このみは、この身であるように、この身は生きている限り、花を咲かせるものです。母が病床でいう、「甘い卵焼きが食べたい?」、「おいなりさんも食べたい?」、「お父さんのオーバーは仕舞ってあるから」、「ネクタイはお誕生日に買ったものをしめてね!」、「あたしは具合が悪くて意気地がなくなった」と言った言葉は、春意です。

 老いた母が亡くなり、父が言う。「自宅に置くのは辛いと、とてもじゃないけど、どうなるかわからない」と、深い言葉です。とっさに出てきた言葉だと思うのですが、持っているものの重みを表すものです。受け入れなければならない、この身の裂け目は、癒すためには日数が必要なことを意味しているのでしょうか。よく老いた桜の古木の裂け目がさらされて眼にすることがありますが、人の痛みは、目に見えません。

 人の人生の悲喜こもごもに、我々の自然は様々に関わって来ます。桜の便りに、意味などはないはずの、意味あるものとして受け取るのは、人の心です。

 一年一年繰り返す、桜の木の春から冬への変化は、人の人生に光と影を投げかけるものです。そう思うと、人生の意味はさまざまに色を変えて見えてくるから不思議です。

 桜の花の便りが届いた22日、お墓参りの男性が「桜が開花いたしましたね」と、お線香の前に坐る私に投げかけました。私は、すかさず、「あなたも咲きましたか」と投げかけました。きょとんとするその様子を楽しみながらです。「そら、咲いた」。




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