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際限のない優しさに一歩でも近づけるように……

 私の知っている福祉施設の理念に、際限のない優しさに一歩でも近づけるように……という言葉があります。

 生活者である利用者への援助が、「際限のない優しさ」を土台とすることを目標とし、私たち法人・職員がその理想に一歩でも近づくことができるよう務め、結果として、利用者が「安全」・「安心」・「希望」の中に生活できますように。

 この美しい響きを持つ言葉は、サービス精神としてこれ以上のふさわしい言葉はないと思うのですが、実はとても怖い内容でもあると気づきます。

 なぜなら、人の持っている優しさとは、際限のないものだと定義されているからです。

 限りのないものほど困ってしまうものはありません。

 際限なくとは、人が一生かかっても限りはないのですから。

 しかも戸惑ってしまうことは、人は誰でも、この際限のない優しさを持っていると宣言しているではないですか。

 これは、際限のない優しさを、本来、自らの中に刻まれていることを自覚せよと強要しているようにも思えます。

 

 何でそんなことを言うのか、この私にそんなものがあるのか、今まで、考えることもなかったし、見つけようとも思わなかった私。

 今まで優しさとは縁遠い所にばかりいた私。

 今さら、この虐げられ、差別され、貧しさに、寂しさに、悲しみに、人生の悲哀をなめ尽くした私のどこに、優しさがあるというのか。

 今さら、努力せよというのか。

 今さら、今さら、今さらと……。

 でも振り返ってみれば、勝った負けた、得た失った世界に生きて、今までの私は、得ることばかりを考えていたから、勝つことばかり考えていたから、思いもつかなかった。  

 限りないとは、届かないということなのか。限りないとは、満ちあふれた優しさの私という意味なのではないか。

 でも、少し、楽なことは、一歩でも近づくように……と、何故か近づけないことを承知しているみたいにも感じもします。

 また、たびたび出くわすことですが、他者にたいする優しさとは、他者にとって、優しいかどうかは分からないことを私たちは知っているのです。だから、過度の優しさは、迷惑と感じたり、鬱陶(うっと)しく、お節介に思ったり、仇(あだ)になったりと、発信する優しさは別の言葉が似合うことが多々あるものです。

 それでも、福祉にたずさわる人々は、この「際限のない優しさ」を土台とすることを目標として、その理想に一歩でも近づくことができるように努めることが使命とされています。

 このことが達成されれば、そこに安全、安心、希望が芽生えて、包まれていると。でも考えてみると、本来、私たちの生活自体が、このような世界でなければならないでしょう。

 でも、せめて、福祉の場だけでも、際限のない優しさに包まれてもらいたい。

 福祉のマニュアルニ書かれている、一つ一つの行為、手を差し伸べる、笑顔で接する、静かさを気づかう、身体をふくと、実はすべての行為が、際限のない優しさです。

 同時に、福祉を受けることも、この優しさです。差しのべられた手を受ける、笑顔をかえす、気づかいに感謝する、きれいになった身体を喜ぶことも、際限のない優しさです。

 さて、際限ない優しさとは、共に、幸せであることでしょう。福祉にたずさわる人も、福祉を受ける人も、共に、今に安らぎがえられれば、それはすべてを受け容れながらも、しかも、それぞれが個としての私が保たれている状態だと思います。

 そのとき、際限のない優しさの一歩がそれぞれの個に現れるのだと思います。その一歩こそ、満ち足りた一歩であり、もはや近づくこともない、際限のないやさしさなのだと信じます。

 トルストイの『人生論』に次の言葉があります。

 「お前は、みながお前のために生きることを望んでいるのか、みんなが自分よりお前を愛するようになってもらいたいのか。

 お前のその望みがかなえられる状態は、一つだけある。それは、あらゆる存在が自分よりも他を愛するようになる時だけだとしたら、お前も、一個の生ある存在として、自分自身よりも他の存在を愛さなければいけない。

 この条件のもとでのみ、人間の幸福と生命は可能となり、この条件のもとでのみ、人間の生命を毒してきたものが消滅する。

 存在同士の闘争も、苦痛の切なさも、死の恐怖も消滅するのである。

 他の存在の幸福のうちに自分の生命を認めさえすれば、死の恐怖も永久に消え去ってくれる。」



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